診療室から Vol.62 ピロリ菌
除菌治療に成功しても年に1度は内視鏡検査を
50歳以上では、70%がピロリ菌感染者
一方、若年層は衛生環境の改善で減少


 「ピロリ菌」という、ちょっとかわいらしい名前の細菌のことを聞かれたことはありませんか?
 ピロリ菌は人の胃の中に棲(す)んでいる細菌で、正式にはヘリコバクター・ピロリ(Helicobacter pylori)といいます。ヘリコは、らせん状を意味するヘリコイドという言葉から、また、ピロリは、胃の出口を表すピロルスという言葉からきています。つまり、胃の中にいるらせん状の細菌を表しています。
 そもそも胃は、ご存じのように、口から食べた物を消化する器官です。胃液によって、どんな物でもドロドロのお粥(かゆ)状に溶かしてしまう、そんな所に細菌が棲めるとは、なかなか想像ができませんが、そんな胃の中にも、どうも細菌がいるらしい、ということは19世紀ごろから報告されていました。
 その後、オーストラリアのウォーレンとマーシャルという二人の医師によって発見・培養され、ようやくピロリ菌が世界的に有名な医学雑誌に報告されたのが、1983年のことです。その後、彼らは、そのことにより2005年にノーベル生理学賞・医学賞を受賞しています。
 さて、なぜピロリ菌は胃の強い酸の中で生きていられるのでしょうか。
 ピロリ菌は胃の粘膜の中に棲み着いて、粘液の下にもぐりこんで胃酸から逃れています。またピロリ菌自身が分泌する酵素(ウレアーゼ)を使って、胃液の中にある尿素を分解し、アルカリ性のアンモニアを作り出すことによって、胃酸を中和して棲みやすい環境を自ら作り出しています。
 ピロリ菌の感染経路ははっきり分かっていませんが、食べ物や飲み水などを介して、口から感染すると考えられています。
 上下水道の普及率が低いなど、衛生状態の良くない所で感染することが多く、50歳以上の人では約70%が感染者といわれます。しかし、今日では衛生環境が整ったことにより、若い世代でのピロリ菌感染者の割合は低くなっています。
 成人してから感染することはほとんどなく、ほとんどが5歳以下の幼児期に感染するといわれています。幼児期の胃の中は胃酸の分泌が少なく、ピロリ菌が生き延びやすいためです。そのため、ピロリ菌に感染している大人から小さい子供への口移しなどで食事を与える行為は、注意が必要です。


ピロリ菌に感染すると炎症が持続して
胃・十二指腸潰瘍、胃がんになりやすい


 ピロリ菌に感染すると、炎症が持続し、100%慢性胃炎を発症します(ヘリコバクター・ピロリ感染胃炎)。そのため胃粘膜を防御する力が弱くなり、胃(い)潰瘍(かいよう)・十二指腸潰瘍、胃がんを起こしやすい状況になります。
 実際に、これらの疾患にかかった人は、ピロリ菌感染が大きく発症に関係しています。
 しかし、胃の中のピロリ菌を取り除く治療(除菌治療)を行なうことによって、慢性胃炎、胃潰瘍・十二指腸潰瘍の再発をおさえ、新しく胃がんが発生する確率を低くすることができることが分かってきました。
 それでは実際に、ピロリ菌に感染しているかどうかを調べるには、胃内視鏡を使う方法と使わない検査があります。
 内視鏡を使う方法には、@培養法、A鏡検法、B迅速ウレアーゼ試験があります。いずれも内視鏡で胃の粘膜の一部を採取して行なう方法です。迅速ウレアーゼ試験は、ピロリ菌が作り出すアンモニアを検出する方法で、もっとも早く結果が分かります。ただし粘膜を採取する部位や、潰瘍の治療薬の服用などにより、実際にはピロリ菌の影響があるのにないと判断される(偽陰性)ことがあるので注意が必要です。
 内視鏡を使わない方法としては、血中・尿中のピロリ菌抗体、便中のピロリ菌抗原を調べる方法や、吐く息を使って調べる尿素呼気試験があります。ピロリ菌が尿素を分解するときに、アンモニアと一緒にできる二酸化炭素に印をつけて検出する方法です。
 いずれの方法にも、長所や短所があり、いくつかの検査法を組み合わせることが望ましい場合もあります。


除菌で胃・十二指腸潰瘍の再発は減少
しかし、中には1割程度の人に再発が


 次にピロリ菌の治療について説明します。
 ピロリ菌の除菌治療は、1種類の胃酸をおさえる薬と2種類の抗菌薬の合計3剤を、1日2回7日間服用するというものです。治療後4週間以上経過してから、先に述べた検査方法のいずれか(多くは内視鏡を使わない方法)で、除菌ができたかどうかの判定をします。
 成功率は約70〜80%とされます。1回の治療で除菌ができなかった場合は、抗菌薬の種類を替えて再度治療を行ないます。1回目・2回目の除菌をあわせての成功率は90〜95%です。
 治療の副作用としては、抗菌薬による下痢症状、アレルギー反応などがあります。また除菌が成功すると、ピロリ菌によって低下していた胃酸の分泌が正常に戻ることによって、逆流性食道炎が起こることがあります。いずれも、一時的なもの、軽微なものが多く、治療が必要となることは多くはありません。
 胃潰瘍・十二指腸潰瘍と診断されたピロリ菌陽性の人は、これまでにも保険適用で認められた除菌治療の対象でした。今まで何度も潰瘍をくりかえしていたのに、除菌の治療に成功して、まったく潰瘍が起こらなくなったという例もあります。
 一方、ピロリ菌による慢性胃炎については、平成25年の2月から、ようやくヘリコバクター・ピロリ感染胃炎として新たな保険適用となり、内視鏡検査で確認されれば、保険治療が受けられるようになりました。
 これは、ピロリ菌による胃炎を除菌で治療することにより、胃がんの発生リスクを少しでも減らすことを目指すものです。現在、保険適用でピロリ菌の検査・除菌治療を行なえるのは、胃潰瘍・十二指腸潰瘍、胃MALT(マルト)リンパ腫(しゅ)、特発性血小板減少性紫(し)斑(はん)病(びょう)、早期胃がんに対する内視鏡的治療後胃、それからヘリコバクター・ピロリ感染胃炎です。
 除菌治療の成功により、胃潰瘍・十二指腸潰瘍の再発はかなり少なくなりますが、治療が成功しても1割程度の人には再発が見られることがあります。
 このような例では、足腰や膝の痛み止めとして服用する非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs・エヌセイド)や、喫煙、過度のストレスなどの別の原因を考える必要があります。また、除菌治療が成功しても、胃がんができていないかどうか、定期的な検査はやはり必要です。
 ピロリ菌の除菌治療の成功により、ピロリ菌によって発症する様々な病気のリスクは下がりますが、ゼロになるわけではありません。除菌治療により、健康な胃を取り戻したうえで、少なくとも、年に1回程度は胃内視鏡検査を受けることをお勧めします。それによって安心につながります。