診療室から Vol.24 摂食と嚥下
食べる、笑う、歌うの表情筋体操で健康に
私達が無意識に行なっている「食べる」
「飲み込む」の動作には、五つの段階が。


 「食べる」ことは、人間が生きるために不可欠な大切な行為であり、一生涯続く欲望でもあります。しかし、加齢や病気によって、この行為に障害が現れてくることがあります。今回はその行為の「摂食」と「嚥下(えんげ)」について記します。
 「摂食」とは、食べ物を口の中へ入れ、噛(か)み砕いて飲み込み、胃の中へ送り込むまでの過程をいいます。「嚥下」とは、食べ物をゴクンと飲み込み、胃の中に送り込むことをいいます。そして「摂食嚥下障害」とは、食べるための機能の障害のことを指します。また、「摂食障害」とは、精神疾患である拒食症や過食症のことをいいます。
 私達が無意識で行なつている摂食峠下運動には、「先行期」「準備期」「口腔(こうくう)期」「咽頭(いんとう)期」「食道期」の五段階があります。順を迫って説明します。


食べ物を口に入れ、喉に送るまでには
口輪筋のほか、多くの筋肉がフル活動。


 「先行期」とは、食べる決意をし、何をどのようにして食べるか判断し、口まで適切に運ぶといった、摂食に必要な準備を整える時期のことをいいます。
 人はお腹が空いたり、喉(のど)が渇くと、大脳辺縁の視床下部にある満腹中枢と摂食中枢が反応し、それが前頭葉に伝達して「食べたい」と意欲が生まれます。そして、食べ物にありついた時に物体の認識をします。その食ベ物を自分の目で見、匂(にお)いを嗅(か)ぎ、過去の自分の記憶の中から、その食べ物が自分の好みであるかどうかを認識し、食べるかどうかの判断を行ないます。
 このように、食べるまでの一瞬の間に、大脳辺縁→前頭葉→後頭葉(視覚)→側頭葉(物体の認識)→後頭葉から頭頂菓にかけて(情報の処理)→前頭葉(摂食の決定)と、頭の中でこれだけのことを行なっています。
 さらに食べ始めてからも、常に摂食行動、味覚、歯ごたえや喉越しなどを確認し、食前、食中にかけて、私達の脳はめまぐるしく活動しています。しかし、認知症や脳血管障害などをきたしている場合は、この段階で視野制限などにより、摂食嚥下障害を起こす可能性があります。
 次の二段階目の「準備期」とは、食べ物を口から取り込み、咀嚼(そしゃく)して食塊を作る段階のことです。ここで食べ物は唾液(だえき)と混じり合い、ペースト状になることによって飲み込みやすくなり、内臓への負担が軽減されます。
 私達は、口にした食べ物がこぼれないようにするために、上下の口唇をしっかりと閉じます。この動作を捕食といいます。この時、口の周りの口輪筋(こうりんきん)をはじめ、多くの小さな表情筋が働きます。しかし表情筋群に不具合があると、唇がうまく閉じられずに食べこぼしや、飲み込みの動作ができません。口を開けたままでゴックンと飲み込むのは大変なことです。
 口に入った食べ物は舌によって歯の上に運ばれますが、この道ばれる間に、舌は舌の表面にある数種類の味蕾(みらい)によって味を感じます。舌で歯に運ばれた食塊は、歯と咬筋(こうきん)、側頭筋などの咀嚼筋群の運動と、十分な唾液の分泌によって軟らかいペースト状に変わっていきます。
 人間の歯は、上下、左右合わせて28〜32本(親知らず4本を含む)ありますが、食べ物を咀嚼する歯は、それぞれに働きが異なります。口に運ばれた食べ物は、まずは上下の切歯(前歯)4本によって噛(か)み切られ、隣の犬歯で引き裂きと保持をします。そしてその次は、小臼歯(きゅうし)によって噛み砕かれ、押し潰(つぶ)され、さらに大臼歯で磨(す)り潰しの作業が行なわれます。
 ですから、歯が1本ないだけでも、また1本が虫歯で痛くても、この一連の動作に支障が出ます。入れ歯の人は、義歯が合わないだけでも大変なことです。
 また、口内炎が痛くて食べられないのも、摂食嚥下障害の始まりになることもあります。何かの病気で唾液が十分に出ない場合は、食べ物が混じり合うのが不十分となり、ペースト状になりにくくお茶などがないと食べられないなどの障害が出ます。
 咀嚼することとは、歯と歯を上下、左右に運動させ、食べ物を唾液と混ぜ、ペースト状にしていくことです。咀嚼するためには、顎関節(がくかんせつ)が円滑に運動できていることはもちろん、咬筋、側頭筋など、大きな筋肉だけでも7種類の咀嚼筋が働きます。


顔には20〜50種類もの表情筋があり、
眼、鼻、口の開閉や耳を動かしている。


 三段階目の「口腔期」とは、ペースト状の食べ物を口から咽頭へ送り込む時期のことです。口腔期では、口(口腔)から喉の前方(咽頭)に移動させる段階です。ここで重要な役割をするのが舌です。この時、舌は口蓋(こうがい)(口腔上方)に押しつけられ、ペースト状の食べ物を咽頭に送り込みます。しかし、脳血管疾患の後遺症のある人や高齢者の場合は、舌の運動が鈍くなり、この飲み込みの動作がうまくいかなくなっていきます。
 四段階目は、食べ物を咽頭から食道に送り込む「咽頭期」(嚥下反射)です。食べ物が咽頭に送り込まれると、喉頭(こうとう)が挙上して嚥下反射が起こります。咽頭通過は0・5秒以内というほんの瞬時のことですが、ここのタイミングがずれると命の危険につながる誤嚥が起こる大切な場所なのです。
 食べ物が咽頭を通過する時に一瞬、呼吸が停止し、鼻腔と気管へつながる通路が閉鎖され、ペースト状の食べ物が気道に迷い込んだり(誤嚥)、鼻腔に逆流しないようになっています。しかし、首の周りや、内部の筋肉の機能低下や嚥下反射の遅延などが起こると、嚥下障害が起こりやすくなります。
 また、脳卒中者の特徴的な症状として、嚥下反射が起こる前に食べ物が咽頭に流れ込んだり、通過の際の鼻咽腔の開閉のタイミングがずれてしまい、咽頭に食塊が残留するなどがあり上手に食べられなくなります。
 最後は「食道期」です。「食道期」とは、食べ物を食道から胃に送り込む(蠕動(ぜんどう)運動)ことをいいます。食道に入ってきた食べ物は、蠕動運動により胃に運ばれます。食道から胃までの間、食道入口部(第一狭窄(きょうさく)部)、生理的狭窄部(第二狭窄部)、下食道括約筋(第三狭窄部‥胃との境目)という三つの関所のような狭窄部があります。
 この部分に障害が生じると詰まった物を出すため嘔吐(おうと)が起こりやすくなります。その逆流に伴い胃酸が食道に上がってきて食道を溶かすため、逆流性食道炎になります。逆流性の誤嚥が起こると誤嚥性肺炎になることもあります。
 このように、私達が毎日行なっている「食べる」という、この1回の飲み込みの、1分にも満たない行為に、たくさんの神経と筋肉が関与し、そのささいな一つが欠けても障害が起こり、その障害をそのままにしておくことで、命の危険があることがお分かり頂けたでしょうか。
 人間の筋肉は、ずっと寝たままで動かないでいると、1週間で10〜20%の筋力が低下します。私達の顔も、皮膚に覆われて見えませんが、表情筋という20〜50種類もの筋肉が縦、横、斜めに走り、眼、鼻、口の開閉や耳を動かしています。この口や首の周りの筋肉も、手足の筋肉と一緒です。使わないでいると、機能は低下していきます。
 身体は、食べないことにより、低栄養や抵抗力の低下、脱水などの全身症状などが起こります。健康のために、ウォーキングや身体のストレッチを行なうように、食べて、喋(しゃべ)って、笑って、歌って、顔中の筋肉を使うように心がけましょう。