診療室から Vol.12 セロトニン
よく噛み、よく歩いてうつ病に強い身体作り
うつ病には「夏季うつ病」と「冬季うつ病」が。
若い女性に多く見られる「冬季うつ病」。


 天気が悪くなる前に、父は機嫌が悪くなります。そしてその血を受け継いだ私も、低気圧が通る前は不機嫌になります。二人ともそうであるということが合わさって、天気が悪い日の朝の我が家は大変です。
 医学の世界でも、天候や季節は、身体のみならず感情にも深い関係があると言われています。例えば、リウマチや喘息(ぜんそく)、メニエール病を持っている方は、天候が悪くなると、リウマチの患者さんは関節が痛くなり、喘息やメニエール病を患っている人は、耳鳴りやめまいなどの発作が出るそうです。また先輩の話によると、天気が悪い夜は、時間外当直に来られる患者さんの数が多いということです。
 誰でも天気の悪い日は、多少は気が重くなったり、調子が出なかったり、気分が乗らなかったりすることを経験されていると思います。
 その関係が、精神面で悪い方向に崩れた時に発生する病気の一つに、「季節性情動障害・SAD」というものがあります。SADとは、ある決まった季節にのみ、身体のだるさや気分の落ち込みなど、うつ病のような症状が出ることを言います。
 夏にうつ状態になる「夏季うつ病(夏型のSAD)」も存在しますが、冬型のSAD、別名「冬季うつ病」が一般的です。これは、最近若い女性に多く見られることも話題となっています。秋から冬にかけてうつ状態になり、夏の間は症状が消失します。毎年のように繰り返し、冬場に調子が出なくなります。
一般のうつ病は、年々増加していると言われています。多くの患者さんがうつ状態を訴えて精神科を受診します。心理検査や血液検査、さらには脳波やCT検査などの結果を参考に、精神科医の診察を受けて、日常よく耳にする「うつ病」が診断されていくのです。
 その普通のうつ病と同じく、憂うつ感、いらいら感、不安感に苦しむ、何をするにも億劫(おっくう)で元気が出ないなどの症状が、「季節性情動障害・SAD」にはあります。
 しかし普通の「うつ病」と異なる点は、過眠、過食(体重増加、炭水化物や甘い物を欲する傾向が強まる)などの症状が見られることです。また、医師やカウンセラーによる「うつ病」の診断が難しく、周りからも「食う・寝る・太る」というサイクルのため、理解されにくいというハンディがあります。


日照時問と連動するセロトニンの分泌。
セロトニンを作る栄養素の摂取は食事で。


 では、なぜ冬季に症状が出るのでしょうか? 原因の一つに日照時間が関係していると考えられています。冬は、他の季節に比べて日照時間が短くなります。それによって、神経伝達物質であるセロトニンが欠乏し、受容体の感受性が昂進(こうしん)しますが、脳の活動が低下します。
 また、睡眠をつかさどるメラトニンの分泌のタイミングもそれに伴って遅れたり、過剰になったりします。そのため、体内時計が狂うことも原因と言われています。
 メラトニンの分泌の問題に対する対策としては、高照度光療法が有効です。まずは、目から5000ルクスから10000ルクスの強い光を取り込みます。その刺激は脳の中心部の視交叉(こうさ)上核に伝わり、体内時計がリセットされます。さらに刺激は松果体に伝わり、体内時計がリセットされることでメラトニンの分泌が抑制され、はっきりと目が覚めます。
 メラトニンは、その約14〜16時間後に分泌されて眠気をもよおします。また、朝に強い光を取り込むことによって、昼間のかくせい覚醒の度合いが強くなり、昼夜の生体リズムのメリハリがつきます。このような周期が狂いやすいのが冬の気候です。
 メラトニンはセロトニンを原料に体内で合成されるので、セロトニンの欠乏はメラトニンの欠乏にも繋(つな)がります。セロトニンの欠乏の対策としては、セロトニンの原料である「トリプトファン」を摂(と)って、メラトニンの場合と同様に太陽光をあびることが必要です。
 トリプトファンは必須アミノ酸であり、体内で合成することができません。ですから、必ず食物から摂らなくてはなりません。トリプトファンは、乳製品、肉、魚、大豆などに豊富に含まれますが、穀物の含有量はあまり多くありません。
 セロトニンは、脳や消化管の神経でトリプトファンから合成されますが、その際に、ビタミンB6、ナイアシン、マグネシウムなども必要になります。
 トリプトファンはサプリメントなどで補うこともできますが、長期にわたって摂取すると、「好酸球増加・筋肉痛症候群(EMS)」という副作用が出る可能性があります。それゆえ、セロトニンを作る栄養素は普段の食生活の中で摂ることが理想です。


セロトニンが十分に分泌されると、
やる気が出て、集中力、効率も上がる。


 トリプトファンが多いのは、ナッツ類、小豆、大豆加工食品、赤身の魚、バナナ、卵などです。
 合成を助けるビタミンB6は、サンマ、イワシ、カツオ、バナナ、レバー、豚肉などに多く含まれています。
 セロトニンの合成を増やすためのもう一つの大切なこととして、脳の縫線核にあるセロトニン神経を鍛えることのできるリズム運動があります。歩行・咀嚼(そしゃく)・呼吸など、普段無意識に行なっているものでも、かなり鍛えることができます。またテンポの良い早足やガム噛(か)みなどはより効果的です。
 このようにして、セロトニンを合成するために必要な食物とビタミン類を十分に摂り、光療法と合わせてメラトニンの合成を促し、よく歩き、よく噛み、生活のリズムを整えることで、うつ病対策の一助になると思われます。
 セロトニンはうつ病に効果があるのですが、もちろん一般の健常者にも効果があります。セロトニンが十分に分泌されることにより、やる気が出て、集中力が増し、効率が上がります。また、メラトニンの分泌も整えられ、規則正しい睡眠がめぐってくるようにもなります。つまり元気になります。
 バナナは、トリプトファンとビタミンB6の両方を含むとても効率的な食品であり、カロリーの面でも優秀なので、試合や試験の前などに食べると効果的です。我が家の場合ならば、特に天気が悪そうな日の朝にバナナを食卓に並べれば、静かな朝になるのかもしれません。
【セロトニン】人の体中には約10mgあり、その2%は中枢神経にあると言われています。心のバランスを保つ働きがあり、不足すると寝つきが悪い、疲れやすい、感情のコントロールが利かない、キレやすい、ストレスにうまく対処できない、痛みに対する耐性が悪い、姿勢が悪くなるなどの症状が出やすくなります。
【メラトニン】脳の松果体から分泌され、濃度は、昼は低く夜は高い。日内リズムを作っているとされています。