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雪印乳業食中毒事件で分かった「牛乳」の正体

特集●それでも牛乳飲みますか?
牛乳は「完全栄養食」か「不完全栄養食」か

お乳にサヨナラできない異常な習慣を見直すための8つの原則

古宮暁真(こみや ぎょうしん)医事評論家、食養研究家

牛乳礼賛の食の洋風化が、日本人の体質をダメにすると説き続けて数十年になる。少しは、"牛乳信仰"の妄信にブレーキをかけることができたかと思っていたが、「雪印乳業事件」の波紋に、牛乳を飲まずにいられない人達がいかに多いかを知って、改めて悪習の弊害というものを痛感した。


原則その1
全ての乳は不完全栄養食
「牛乳は完全栄養食」説は、自然の摂理に反する妄(もう)説です。

 牛乳に限らず、母乳でも何でも、哺乳動物の全ての乳は、不完全栄養食です。世に「牛乳は完全栄養」という説が流布していますが、これほど人を誤らせる妄(モウ)説はありません。自然の摂理に反する冒涜(ぼうとく)とさえ言えます。

 牛の乳だから、モウ説だと洒落(しゃれ)て言うのでは決してありません。このことをまず最初に提起しておきましょう。

 と言いましても、まさかと思う方がほとんどだと思いますので、以下順を追って、その誤りを解説したいと思います。

 人間を初め、牛でも、馬でも、ライオンでも、鯨でも、全ての哺乳動物の乳は、乳児の消化機能が不完全、不十分な期間の『代用食』であって、かつ『不完全栄養食』なのです。

 不完全栄養でありますから、全ての哺乳動物の赤ちゃんは、消化機能の発達に伴って必ず離乳期を迎え、お母さんのお乳にサヨナラして、本来の食性に向かうものです。親が食べる物と同じ物を食べるようになって、乳児期を脱皮するのです。お乳にサヨナラをするからこそ、望ましい成長が期待される訳です。

 ですから「母乳を止めたら、牛乳を飲もう」というテレビのコマーシャルなどは、売らんかなの、許し難い煽動(せんどう)的な暴挙です。

原則その2
牛乳だけでは育たない仔牛
仔牛が母乳を止め草食に移行するのには訳があります。

 私は「牛乳は完全栄養」という迷信を打破するために、次のような実験を試みようとしたことがあります。

 北海道の酪農家に知り合いがあるのを幸いに、生まれて来る仔牛を一頭買い求め、餌代(えさだい)や飼育管理などの費用は、当然負担するからと、私の実験の協力を依頼しました。その実験というのは、別に難しいことではありません。生まれた仔牛には、母親牛の母乳だけを与えて育てること。ただし、草は一切食べさせないで、どのような成長過程をたどるか、その実験に協力して下さい、というものでした。

 さて、結果ですが、私が実験協力者の選択を誤ったために、この実験は沙汰止みになってしまいました。

 実験を頼んだ方が、心優し過ぎた方だったため、長年の経験がそうさせたのでしょう。そんなことをして、果たして赤ちゃん牛は大丈夫だろうかと、私の依頼を一旦は承諾したものの、その後で不安に思ったんだそうです。

 そこで農協の獣医さんの所に行って、そのことを話しましたところ、その獣医さんいわく、
「バカなこと、止めろ! そんなことをしたら、コッコ牛、半年ももたん!」と、頭ごなしに叱(しか)られたそうです。

 そんなことで、牛乳による仔牛の栄養失調死を予想する、残酷を承知で試みようとした私の実験計画は、残念にも挫折(ざせつ)し、失敗に終わってしまいました。

 しかし、この獣医さんの一言で、「牛乳だけでは、仔牛は育たない」という、確たる証言が得られ、牛乳は、仔牛にとっても完全栄養ではあり得ないことの証明になりましたし、私にとっては、仔牛の購入代金と飼料代、及び飼育手数料が助かったことになりました。

 牛の赤ちゃんにとっては、母親牛の乳ほど、理想的な栄養はないはずです。しかしその理想的というのは、母乳に頼らざるを得ない乳児期の間だけのことであって、ある程度成長して、消化機能が発達した段階になったら、本来の草食に移行しなければならない性質のものだったのです。

原則その3
母乳が不要になるのは神の恩寵(おんちょう)
母乳を飲まなくなるのは悲劇回避の自然の摂理です。

 全ての哺乳類(ヨーロッパ人や、砂漠周辺の人々を除く=後述)の赤ちゃんは、牛でも、馬でも、象でも、虎でも、ライオンでも、離乳期を過ぎると、お乳が飲めなくなり、また飲みたくなくなるような体の仕組みになっているものなのです。それが自然の法則です。

 動物の乳は、人間の母乳をも含めて、その主たる栄養成分は、乳糖と、カルシウムと、タンパク質です。この三大栄養素の内、多糖類の乳糖だけは、消化のし難い糖で、ラクターゼという特殊な消化酵素が腸内にあって初めて、消化吸収される栄養素なのです。

 このラクターゼは、全ての哺乳動物の新生児の腸の中に存在しますが、離乳期を過ぎてお乳の必要がなくなりますと、赤ちゃんの腸の中から自然に消失してしまうものなのです。

 何故なのか、考えてみましょう。赤ちゃんがお乳の必要がなくなりますと、母体からのお乳の分泌も自然になくなります。ですから、赤ちゃんが仮に引き続きお乳を欲したとしても、飲めるはずがありません。牛や馬の子が、コンビニエンス・ストアーでミルクを買って飲むはずがありませんから。人間の赤ちゃんのみならず、全ての哺乳類の赤ちゃんを、常に脳裏に置いて、考えてみて下さい。

 でも、このままでは、やがて困ったことが起こります。次の赤ちゃんが生まれますと、お母さんからはまたお乳が出るようになります。もう離乳期を過ぎた上の子が、お乳が飲める状態のままなら、きっと赤ちゃんのための母乳を奪い取って、赤ちゃんは餓死するという悲劇が、必ず起こるに決まっています。

 そこで、この悲劇を回避するために、たぶん神様は、もうお乳が必要でなくなった子供には、お乳を飲めなくするために、ラクターゼを子供の腸から奪い取ってしまったのでしょう。全ての哺乳類の子供の腸から、このラクターゼは消失してしまうのです。

 これが、自然の摂理なのです。種族の保存と繁栄を図るための、素晴しい自然の智恵なのです。

原則その4
東南アジアの国にはないミルク料理
風土と民族体質が獣類の乳を必要としませんでした。

「この地球上には、猿の棲(す)める大陸と、猿の棲めない大陸がある」ということが何を意味するか。

 そして、猿の棲める地域に住み着いた民族は、その生理機能からみて理想とする穀菜食が可能であって、まことに幸せな民族であり、これに反して、猿の棲めない地域に住み着かざるを得なかった民族は、自然淘汰(とうた)の結果、その地域特性に順応し得る特異体質を獲得して生きのびたとしても、その生理機能から見た場合には、反理想的な食生活を余儀なくされた、気の毒な民族である、ということの認識の大切さを、次に提起しましょう。

 前者の代表的なのが、東南アジアの諸民族であり、後者の代表的なのが、アルプス以北のヨーロッパ人であります。

 東南アジアの各国には、牛乳を常飲するという習慣はありませんでした。何故なら、自然の摂理に従った、自給自足の食生活の中に、獣類の乳を必要としなかったからです。

 これらモンスーン地帯の各国の伝統的料理には、ミルクは一切使われておりません。日本料理にもなければ、朝鮮半島の料理にも、中華料理にも、ベトナム、タイの料理にも、牛乳を使った伝統料理はありません。これが、風土と、民族体質と、そして民族の歴史が物語る、自然の原則であり、摂理なのです。それは食文化の遅れでは決してありません。

原則その5
日本人と欧米人の体質は同じでない
ミルクをゴクゴク飲む欧米人は原則外の体質保持者です。

 以上の原則にもかかわらず、欧米の白人種は、なぜミルクをゴクゴク飲むことができるのでしょうか。不思議ですね。不思議極まりないことです。

 人間としても、原則外の体質保持者であり、全哺乳類の中の、珍種中の珍種とさえ言えます。思いますに、ヨーロッパ特にアルプスより北の地域においては、穀菜食を可能にするだけの食材は得られず(だから猿が棲み着き得なかったのですが)、生きて行くためにやむなく主食にしたのは、鳥獣類の肉でした。

 もちろんその酸性を中和するだけの野菜類など、期待できない地域です。唯一の中和剤として手に入れることのできたアルカリ性食品は、獣類の乳しかなかったことでしょう。

 そこで肉食文化圏と乳食文化圏というものは、オーバーラップして成立したものと考えます。そしてそれに適応できる体質、即ち、離乳期を迎えることなく、大人になっても牛乳ガブガブが可能な体質の獲得者が、欧米の白人なのです。一部に砂漠周辺の遊牧民がおります。

 しかしそれは、自然の摂理という観点から見た場合、哺乳類としては、非常に異常な出来事なのです。

 人間の生理という観点からすれば、私達日本人の多くは、ノーマルな体質の人間であり、欧米の白人のほうがアブノーマルな体質の人間なのです。

原則その6
食の選択は体質を基本に
民族体質と個人体質に合う食の質と量を考えましょう。

 牛乳や乳製品の摂取について、なぜノーマルな私達日本人が、アブノーマルな欧米人の真似(まね)をしなければならないのでしょう。まことにおかしなことです。

 それと言うのも、現代の栄養学が、食品の分析価値のみを重大視し、過大視して、それを食べる側の人間個々の体質というものを、全く無視して来たからに他なりません。大変な錯誤であり、重大な過失です。

 本来その過ちを正すべきは、人体生理や病理に詳しいはずの医学でなければならなかったのですが、学問の体系からすると、この部分が全く空白地帯のままに放置されて来たため、栄養学の過ちが訂正されないまま、今日を迎えたのです。

 たぶん多くの方は、医学の学習コースの中に、栄養学の講座が全くないなどということは、想像さえしていないと思いますが、これが厳然たる事実なのです。医学が、栄養学を軽視したのか、あるいは無視したのかは兎(と)も角として、軽視し無視しておきながら、現実には無批判にも栄養学の間違った理論を援用して、患者指導をしているところに、大きな問題があります。

 栄養学によりますと、牛乳は完全栄養だ、卵はプロテイン・スコアーの優等生だと、その食品価値を過大評価して、卵様は偉いもの、牛乳様も偉いもの、その偉い卵様や、牛乳様を、いやだ、きらいだと言って食べない子や、飲まない子には、悪い子の烙印(らくいん)を捺(お)して、懲罰まで加えて来たのが、従来の学校給食ではありませんか。本末顛倒(てんとう)もいいところです。

 食の選択は、まず、第一に民族体質を考慮すること、次に個人体質を考慮して、その人の体質に適応する質と量を考えて食物は摂(と)るべきものなのに、何と愚かなことが続いて来たことでしょう。食の選択は、人が主であって、あくまでも食は従でなければなりません。その逆を長年指導して来たのが厚生省であり、保健所なのです。  Aに良い食品だからと言って、必ずしもBに良いとは限りません。まして民族体質や、食文化の伝統を無視して来た牛乳礼賛など、万死に値する罪つくりとさえ断言してはばかりません。

原則その7
乳製品、卵の多食はオロカナ選択
卵12倍、牛乳7倍の食生活が、子供の体質劣化を招いています。

 戦後、わが国の食生活がどれほど異常に変わって来たかを示す、貴重な資料があります。

 昭和16年に実施した東京と大阪の勤労者家計調査資料が残っていたのが幸いして、平成2年の全国の勤労者家計調査と比較することによって、その異常な変化が明瞭(めいりょう)になりました。これは平成3年10月に総務庁より発表された資料によるものであります。

 同年、東京新聞の10月23日の朝刊の1面トップに『イワシ激減、コメ3分の1』『卵12倍、牛乳7倍、牛肉3倍』と、その違いを印象付けておました。さらに『食卓の洋風化くっきり』と、その特徴を強調しておました。

 主要食品の比較表によりますと、イワシはわずか8%とまさに激減、サツマイモは7%という情けない数値です。

 いかに誤った栄養指導のため、体質無視の好ましくない食生活の洋風化が促進されて来たかが、これらの数字でよく分かります。

 その結果はどうでしょうか。この発表に前後して、IOC委員の岡野俊一郎氏は、10月10日の産経新聞に「蝕(むしば」まれる子供の体」と題して、子供の世界にアレルギーの嵐(あらし)が吹き荒れている様子を報じ、体だけでなく『心の健康にも深い配慮を』と悲痛な呼び掛けをしております。

 私見によりますと、この卵12倍、牛乳7倍の食生活が、子供の体質劣化を招いている"張本人"だと断定してはばかりません。実に、オロカナ、おろかな、選択をして来たものです。

原則その8
カルシウム摂取は伝統食から
カルシウムは小魚、海草から十分過ぎるほど摂ることができます。

 ラクターゼを消失している日本人にとっては、牛乳に含まれるカルシウムの吸収は(マーヴィン・ハリス著『食と文化の謎』(岩波書店刊によると)さほど期待できるものではありません。

 それに反して、わが国の伝統食の中には、吸収もよく、素晴しいカルシウム食品がいっぱいあります。それは、地上作物ではありません。火山列島のわが国の土には、カルシウムの含有量が少ないため、野菜などに含まれるカルシウムは期待できませんが、幸いにして海に囲まれた日本列島では、容易に手に入る、小魚と海草から、十分すぎるほどのカルシウムが摂取できるのです。

 私共は、わが国の伝統食を誇りをもって見直すことです。乳製品は控えましょう。


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