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牛乳は「完全栄養食」か「不完全栄養食」か
お乳にサヨナラできない異常な習慣を見直すための8つの原則

特集●それでも牛乳飲みますか?
雪印乳業食中毒事件で分かった「牛乳」の正体

牛乳をダメにして来た乳業界の「技術開発」

 欧米で生まれ育った子供を抱える親御さんが、日本に帰ってまず悩むのは、日本では牛乳が手に入らないということだ。皆さんは、「エー、そんなこと……」と言われるかもしれないが、これは厳然たる事実なのだ。無理に日本の「牛乳と称しているもの」を飲ませると、アトピー性皮膚炎などアレルギー症状に悩まされることがあるという。それ以上に「臭くって、べたべたして飲めない」という声が多いのだそうだ。それでは、日本で一般に流通している「牛乳」と称しているものをみてみよう。

光村憲治(食生活研究家)


牛乳にも本物と偽物がある?

 欧米では毎日飲む牛乳はパスチャライズド牛乳(パス乳)であり、超高温滅菌乳は料理用か、あるいは宇宙飛行士や遠洋航海に出る船員などが飲む保存用牛乳である。ところが日本では、この違いを無視して超高温滅菌乳を毎日飲んでいるのだ。

 皆さん方は、「森永砒素(ひそ)ミルク事件」を覚えておられるだろうか。この事件は、日本の食中毒事件で史上最大規模の被害をもたらしたものだ。昭和30年6月ごろから、岡山を中心に西日本一帯で発生した。事件は8月に入って明るみに出た。皮膚が黒変し腹のふくれ上がった乳児が、突如として岡山大学附属病院にぞくぞく運び込まれ、小児科病棟は大混乱に陥った。

 すぐには原因が分からなかったものの、砒素中毒の可能性があるとの小児科からの連絡を受けながらも森永乳業は取り合わず、12日目になってようやく岡山県衛生部が、砒素中毒であると発表した。この間に、少なくとも数百人の被害者が発生したと思われる。

 5年前の昭和25年4月には、戦時中に敷かれた牛乳や乳製品の配給および価格に対する統制が撤廃された。自由経済への移行とともに牛乳の加工ないし処理部門である乳業が、次第に集約化しはじめた。森永乳業を例に取れば、5年間に9工場を開設または買収し、牛乳の集荷量は約3.1倍増えた。

 この森永乳業の猛烈な拡大路線が、砒素ミルク中毒というとんでもない事件を招くことになったのだ。  この牛乳の集荷量の増大は、育児用粉ミルクの急増によるところが大きい。「母乳で育てると乳房の形が悪くなる」「母乳で育てた子は背が伸びない」「母乳よりも牛乳のほうが栄養価が高い」などなど、現代の科学水準からするととんでもない悪質な流言飛語が流され、だれもかも育児用粉ミルクに走った時代だ。

 牛乳から粉ミルクをつくるには、80度まで加熱しなければならない。だが、酸化の進んだ牛乳は加熱に弱く、凝固してしまう。酸化した品質の悪い牛乳の場合、凝固する分だけ、粉ミルクになる歩どまりが低下する。さらにこういう牛乳からつくった粉ミルクは、消費者が湯で溶かして飲もうとすると、うまく溶けない。第二リン酸ソーダなどの安定剤を加えると、歩どまりも溶解度も上がる。この薬品に砒素が混入していたのだ。

 日本の牛乳の品質を規制する厚生省が出した「乳等省令」(「乳及び乳製品の成分規格等に関する省令」の略)には、第二リン酸ソーダや過酸化水素を加えていいとは書いてないし、いけないとも書いてなかった。

 乳業技術者の間で神様のような存在である藤江才介は、「劣悪な原乳に第二リン酸ソーダを使うことは、たいていのメーカーがやっていた」と認めている。粗悪な原乳に防腐剤などを加え、育児用粉ミルクにして市販することは、メーカーにとって、廃物利用、口当たりのいい言葉で言えば技術革新の成果でもあった。

暑さが厳しい国の牛乳に必要だった技術の功罪

 今回、「雪印乳業中毒事件」が起きたが、お人好しの日本人は雪印乳業だけの事件と捕らえがちだが、過去にあった事件を知ってもらうことによって、日本の乳業界全体の問題なのだということを認識してもらいたく、ここに触れてみた

。  森永乳業は、「砒素ミルク事件」ばかりでなく、日本の牛乳を根本的に変える「技術開発」をこの事件の前後に行なっている。

『森永五十年史』によれば、ドライミルク事件の直前に、「乳業界に革新をもたらした牛乳の均質化」としてホモジナイズ技術に触れている。牛乳は3%あまりの脂肪を含んでいるが、脂肪は直径6ミクロンの球体になっている。牛乳に高圧をかけ、激しく撹拌(かくはん)してその脂肪球をくだいて、直径1ミクロンにまでする。これがホモジナイズであり、森永乳業は52年6月から、ホモ牛乳と称してこの牛乳を発売した。

 さらに森永乳業が技術革新と称する技術が開発された。当時の牛乳は、いまでいう低温殺菌、63度30分のバスチャリゼーションで加熱処理していた。森永乳業は他社に先駆け53年11月から75度15分の方式を導入した。従来方式に比べて加熱時間が短縮されたばかりか、連続式熱交換機を用いる方式であり、大量生産に貢献した。森永乳業が実施に踏みきったホモジナイズと75度15分加熱は、牛乳のもとのままの性質を失わせる技術の開発だった。

 この二つの技術革新は、砒素ミルク事件の前奏曲とでも言うべきものだった。事件のあと、さらに破壊的な影響をもたらしたのが超高温滅菌乳を生み出したことだ。超高温滅菌法は文字通り牛乳を完全に滅菌する。いかに粗悪な原料乳であろうと、第二リン酸ソーダや過酸化水素の世話にならなくてすむ、森永乳業にとってまさに救いの神だった。これをウルトラプロセスと称した。

 ウルトラプロセスは森永乳業だけにしか通用しない言い方で、英語のウルトラ・ハイ・テンペラチャーの頭文字をとってUHTと呼ぶのが本来だ。この方式は、イギリスの会社が暑さの厳しいアジアの国の品質劣悪な牛乳の腐敗防止にと開発した技術だ。

 UHTの導入は、日本の牛乳の品質が悪いことを自ら認めたことにほかならない。森永乳業は、130度2秒処理のウルトラプロセス牛乳を売りまくった。雪印乳業や明治乳業は、牛乳販売店の突き上げを受け、UHT乳に転向させられたのだ。

 しかし、この過程でも重大な過ちを犯してしまった。それは、日本のUHT乳は、単に120度ないし130度で2秒加熱したものではないということだ。欧米では、高圧下で高温の蒸気を牛乳に直接混ぜて加熱し、その後で冷却し、蒸気の水分を取り去るので、予備加熱を必要とせず、直接法といわれて、日本でも一部の中小メーカーが採用している。

 日本のUHT乳の加熱は熱交換機で行なわれ、最高温度に達する前の予備加熱の段階で数分間、85度前後に熱せられる。この段階で、牛乳はこの熱により性質を大きく変えられてしまう。だから、欧米では「飲む牛乳」には絶対にこのような作業を行なわない。

 これは、外から加えた蒸気が残っていると牛乳でないと解釈され、乳等省令違反になるおそれありとして避けたとも考えられる。後になって変更されたが、省令に問題があるとすれば、少しでも自然に近い牛乳を消費者に提供できるよう、この時点で省令そのものを変更するべきではなかったか。

日本の牛乳に顔をしかめたヨーロッパの3人の教授

 平成3年10月12日、東京大学農学部八番教室で「牛乳の熱処理に関する国際シンポジウム」が開かれた。よい牛乳を求める消費者パワーが、代表者小寺ときのもと「みんなの牛乳研究会」がやっとこぎつけた国際会議だった。

 国外からの参加者は、アイルランドのコーク大学食品化学部教授P・F・フォックス、ドイツの国立酪農研究所栄養化学部教授H・ハーゲマイスター、オーストラリアのクイーンズランド大学応用微生物研究室J・M・コックス。3人とも、世界の乳学会で著名な学者である。

 国際シンポジウムの当日、東京は台風が接近し、土砂降りの雨に見舞われた。勉強会のメンバーである中年の主婦が多かったものの、消費者だけでなく、すべての大手乳業メーカーの社員が、個人の資格で参加した。日本の業界の主流は、パス乳に背を向け続けている。この国際会議で、そのパス乳の本質が正面から取り上げられることが気が気でなかったのだ。

 この3人は、ちょうど東京で開かれていた国際酪農連盟(IDF)の総会に出席していた。前日には日本のUHT乳生産工場を見学した。この時の印象を、ハーゲマイスターは「清潔な工場、礼儀正しい従業員に強い印象を受けました。原乳の質がよいことも知りましたが、このよい原乳でも、製品にはかなり強い加熱臭があることが理解できませんでした。ヨーロッパでもUHTには加熱臭がありますが、質のよいものをつくっている工場では、加熱臭はありません」と語った。

 工場見学では、3人とも、出された牛乳を飲むどころか、見ただけで、得も言われぬ表情をした。前代未聞の奇妙で異常な牛乳にめぐり合ったと言わんばかりであった。コックスは、「先程司会者が、日本の市販乳を"UHT牛乳"といわれましたが、私達3人で話し合った時には、"日本式"という意味を込めて、"J―UHT"ではないか、と陰口を言っていたのです」と発言した。

 フォックスは、これを受け、「皆さんの国の牛乳、これは本来のUHTとパス牛乳の熱処理のプロセスから、両方の悪いところだけをプラスしてつくった牛乳ではないでしょうか。UHTは、滅菌パックに入っているから商品寿命が長く、日持ちがいいのです。6ヵ月から1年日持ちするものを、UHTと言っているのです。これがUHTのメリットで、デメリットは味や匂い(フレーバー)が落ちます。逆に、パス乳の特質は、商品寿命は短いが、フレーバーがよいということです」と続けた。

 LL牛乳の加熱法としては、130度ないし150度で数秒間行なう。それをアルミ箔で内張りした紙パック容器に無菌充填(じゅうてん)する。常温で数ヵ月持つ。国際的にはこのLL牛乳をUHTと称し、本来のUHTをLL牛乳と呼び、UHTとは言わない。別称がロングライフミルクであることからみて、UHTは普通の飲用乳ではなくて、保存用の牛乳であることが分かる。

 コックスはさらに、「パスチャライズ処理法とは牛乳中の細菌の総数を減らすことですが、病原菌を減らすことを目的にしております。パス処理によってミルクの中に残る細菌の数(0・1%)は非常に少なくなります。しかし、パス乳ではパッケージが滅菌ではないので、パス処理が終わった後にまた細菌が入り込むということもあります。ところが、少し入っている細菌と競合して、細菌の分裂時間が遅くなります」と説明し、パス乳の寿命は3週間以内だという。

雪印乳業食中毒事件から人々が気づいたこと

 平成12年6月27日、雪印低脂肪乳を飲んで3人の子供が食中毒症状を起こした和歌山県の消費者から、雪印乳業に最初の電話が入った。翌28日には大阪市が大阪工場を立ち入り検査をし、会社側は低脂肪乳の回収を開始した。30日には、和歌山市衛生研究所が低脂肪牛乳から黄色ブドウ球菌から毒素をつくる遺伝子を検出した。7月4日には発症者が1万656人に達し、最大級の食中毒事件となった。

 朝日新聞9月8日の夕刊に、次のような記事が載った。雪印乳業(本社・東京)の集団食中毒事件をめぐる大阪府警の捜査は8日、会社創業の地・北海道へと行きついた。大樹工場製の脱脂粉乳が食中毒の主因との見方が強まるなかで、工場内の停電事故やずさんな温度管理、品質保持期間の改ざんなど目を覆うような実態が次々に明らかになった。「いい牛乳づくりに農家がどれほど苦労しているか」。工場と「共存共栄」してきた酪農の町には、信頼を裏切られた怒りと落胆が拡がっている。

 平成8年には学校給食が原因で、過去に例を見ない規模の腸管出血性大腸菌O-157による食中毒事件が多発した。この年の5月、厚生省では食品衛生法の一部改正を行ない、乳・乳製品は病原微生物(O-157等の6種)が陰性でなければならないとした。

 厚生省生活衛生局がまとめた8年度の細菌による食中毒発生状況によると、全国で発生件数969件、患者数38,408人、死者11人であった。乳類およびその加工品からは2件、患者数66人で死者はなかった。

 今回は黄色ブドウ球菌がつくり出した毒素(エンテロトキシンA)を、人が食物と一緒に摂取することによって起こる代表的な「食物内毒素型食中毒」であり、わが国を初め世界的にも発生頻度が高い。このケースでの中毒事件は、東京都下の小学校で昭和30年に起きている。黄色ブドウ球菌で汚染された生乳原料から脱脂粉乳をつくった際に、今回と同じように毒素が移行したものだ。

 この菌による乳牛の感染の比率は乳房炎の中の5〜22%と言われ、日本でも危険性は十分あるということだ。生乳中へのこの菌の汚染は、正しい搾乳、搾乳機器の適性管理、牛舎環境改善等である程度防止できる。しかし、何と言っても大事なのは「乳等省令」に「体細胞数」についての規制を入れることだ。そのことによって、乳房病寸前の牛からの搾乳がなくなるからだ。

 それ以上に大事なのは、「とにかく高熱で処理してしまえばよい」とするJ UHTをやめて、パス乳を主体とする世界に通用する乳業への脱皮を図ることだろう。

 また、日本人は、日本の気候風土に適した食べ物から、カルシウム等を十二分に摂れるということも忘れてはなるまい。

 本稿は、『日本の牛乳はなぜまずいのか』平澤正夫著(草思社刊)、他に『牛乳・乳製品の実際知識』鷹尾亨編著(東洋経済新報社刊)、『消費者に安全・安心を約束する 生乳の品質管理』笹野貢著(酪農総合研究所刊)を参考にした。


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