| 特集●2000年からの「家庭」
家庭と経済
相馬茂二郎 | |
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要約 5000年の人間の歩みは、限りなく物を媒介とする関係であったように思う。そのための決め事があって、その決め事を守っている限り安定が得られた。ところが、ここに来て従来の決め事が、当てはまらなくなって来た。 それは、物質的なものを追求する人間の生き方、家庭のあり方に限度が来たからだろう。もし、今後、物質的なものを追求するのと同等に、精神的なものを追求することに生きる喜びを見出せなければ、人間はいつまでも彷徨い、家庭の基盤も固まらないように思われる。 これからの人間は、夫婦、親子の関係も含めて、一体何によってつながりを深めていくのだろうか。 物質による媒介だけではなく、精神を媒介とした人間のつながりが必要とされる時代に移行している。しかし、そのための決め事は、まだ見出せているとは言えない。 2000年を迎えた今、その決め事を確立し、人間関係を再構築する時期に差しかかったといえるのではないだろうか。 | |
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クリントン大統領も政策に掲げた家庭の建て直し
ある社会学者と話をしていた時、「悪いものは、アメリカからやって来る」と言ったことがある。そして、六つほど悪い現象を挙げて説明してくれた。その中の一つに、家庭の崩壊というものがあった。かなり前のことで、その当時の日本では「家庭崩壊」などと言っていなかった。私は、その話を聞きながら、言われてみればその通りだと思ったものの、家庭の崩壊という言葉にピンとこなかった。 アメリカ国内の社会状況を見ると、クリントン大統領が一般教書の中で、家庭を建て直し、健全なる家庭の上に国家を立ち上げていくことが大事であると盛り込むほど、深刻さが漂っていた。その後、クリントン大統領は、繰り返して家庭の建て直しを述べた。 「家庭崩壊」を象徴するものとして、離婚率の高さがあった。そのことが、少年犯罪を増長させ、“犯罪国家アメリカ”の側面を形成していたのだろう。そのことは、とりもなおさず行政の責任であるという相関関係の中で、クリントン大統領は、家庭を見直そうと訴えたのだと思う。 一般教書とは、日本でいえば総理大臣の所信表明演説に相当する。日本では、現在の小渕首相に至るまで所信表明演説で「家庭を見直そう」と述べた首相はいない。アメリカのように、少年らの犯罪が多発していない、凶悪化していないということか。しかし、日本における離婚率は、急激な勢いで増加している。その上、少年少女らの犯罪の凶悪化は、適用する法律を見直そうとする機運があるほど、度を増している。 バブル期に家庭の崩壊に拍車がかかった 私達が子供だった頃の家庭は、おしなべてまとまりがあったと思う。父親に殴られながらも、親との信頼関係は揺るぎないものがあった。家は貧しかったが、親はしっかりと家庭を束ねていた。その束ね方は、膠(にかわ)よりボンドよりも強いものだった。 とろが、ある時点から膠がはげ、ボンドの着きが悪くなって、親子関係はゆるゆるになってしまった。戦後の時代の流れを見ると、節目節目で家庭がバラけていく過程が見て取れる。中でも、一番見やすくて分かりやすいのは、バブル期とその崩壊であると言ってよい。 自分の反省も込めてということになるが、あの時期の日本人は、一億総浮かれ状態にあったと言える。株は、連日のようにガンガンと上がる。それまで株に投資したことのない人々が、株を買い始めた。一株180万円相当で買った株が、2カ月、3カ月後に300万円になることもあった。一のものを二に増やすには、大変な努力がいる。株を少し買ったとたん、二倍になる。まさに、あぶく銭を手にしたのである。 土地もそうだった。ブランド物を買うのは当たり前となり、海外旅行には大挙して出かけて行くようになった。銀座や赤坂辺りでは、夜中の1時、2時でもタクシーを拾えないほど、大勢の人々で賑わっていた。 当時に、公務員の汚職が問題になっている。大蔵省の官僚が向島に行って芸者を揚げ、飲み食いしたといったスキャンダルが表面化した。それまで、最も固いと言われていた行政からしてそうだった。その結果、明治時代を形成し、大正、昭和と日本の柱を築き挙げ、国家の発展に大きく貢献してきた公務員制度、機構がガラガラと音を立てて崩れ出した。 もっと酷いのは、金融を預かる銀行である。石橋を叩き、慎重で懸命な銀行が何をやったか。銀行の中の銀行といわれていた日本興行銀行が、料亭の女将一人に100億円単位の金を貸した。さらに、産業にお金を流すべき銀行が、土地にお金を流し不動産バブルを形成して行ったことである。この行為は、ある意味で犯罪であった。不動産バブルが弾けると、銀行の不良債権問題が世に出て、国の経済を停滞させてしまったのである。 この間、一般大衆である消費者も、バブルの波に乗り遅れまいとした。人間は、真面目そうに見えて、大したことがないものであることを、あのバブルが見せてくれた。そして、この時期に家庭の崩壊に大きく拍車がかかった。 多額の金を手にした子供達は家に帰る必要がなくなった 象徴的な出来事は、子供の手に多額の現金を握らせたことであろうか。お年玉に5万円もらった、10万円もらったという子供達が珍しくなかった。日常でも、小遣いと称してお金を調達できるようになって、子供が彷徨い始める。親は、子供に金さえ渡しておけばすべてが上手くいくと安易に思い込んだ。その延長戦上に、今日の「援助交際」などがある。 子供達がお金を手にしたことで、どこででも飯を食べることができるようになった。私達が子供の頃は、よそで飯を食べることなどできなかった。だから、気に入らない親がいる家でも、腹が減れば帰るところは家しかなかった。親の言うことを聞かなければ、飯も食べさせてもらえないという厳しい現実があった。 豊かさを手に入れた時人間は退歩するのか 日本がまだ豊かとはいえなかった時代に、私は人間は豊かになった時、どのように自分達の人生を築くのだろうかと、ある本を読みながら考えたことがあった。その当時、まさか今日のように物が豊かな日本になると想像できなかった。 人間は、額に汗して一所懸命働くのは、純粋なる目的意識、理念によるのではなく、自分と家族の生命を維持するため、食べなければならないという切実な理由によるものだといってよい。いい加減に働いたのでは、生産性が落ちる。そうすると、自分と家族の安全性、快適性、生命の維持が保てない。一所懸命働けば、その結果として技術革新がなされる。それによって、生産性が上がれば、時間とともに物が豊富になる。 人間は、技術の進歩によって額に汗して一所懸命働かなくてもよい状況に置かれることになる。豊かさを手にした時、人間は何を目標に生きるのだろうかと、私はバブル期に改めてそのことを考えていた。 確かに、日本人は豊かになった。過酷な労働からも、だんだんと解放されている。これから20年、30年先には、おそらくバブル期よりもっと物が豊かな時代になるだろう。そうであれば、バブル期よりさらに日本人は浮かれ、家庭崩壊に拍車がかかるのだろうか。もし、今のままの生き方しかできない日本人であれば、そうだ、ということになる。 「繁栄」を最大の目標最高の善としてきた歴史 人間には、5000年の歴史がある。その過程は、いかに飢えを凌ぎ、より豊かに、より快適な環境の中で生きて行くかの追求だったと言える。そうであるからこそ、「繁栄」は最大の目標であり善であった。その目標が、ある程度達成できた時、それまで人間関係を成り立たせていた決め事が、意味をなさなくなる。その時、夫婦の関係は何んであろうか、家庭とは何んだろうと、新たな問いかけが始まる。 5000年の人間の歩みは、限りなく物を媒介とする関係であったように思う。そのための決め事があって、その決め事を守っている限り安定が得られた。ところが、ここに来て従来の決め事が、当てはまらなくなって来た。 それは、物質的なものを追求する人間の生き方、家庭のあり方に限度が来たからだろう。もし、今後、物質的なものを追求するのと同等に、精神的なものを追求することに生きる喜びを見出せなければ、人間はいつまでも彷徨い、家庭の基盤も固まらないように思われる。 これからの人間は、夫婦、親子の関係も含めて、一体何によってつながりを深めていくのだろうか。 物質による媒介だけではなく、精神を媒介とした人間のつながりが必要とされる時代に移行している。しかし、そのための決め事は、まだ見出せているとは言えない。 2000年を迎えた今、その決め事を確立し、人間関係を再構築する時期に差しかかったといえるのではないだろうか。 |